...呆然と立ち尽くした。もう一度言うが、季節は日に日に寒さの増す12月。寂しく外灯の明かりが照らす以外は漆黒の闇。
眠気は完全に吹き飛んでいたが、それも今更の話しだ。何を後悔しても、全ては取り返しの付かないこと。そよそよと冷たい風が、間抜けさを嘲笑うように頬をなでて行く。
キーの閉じこめ。
いやあ、何年ぶりかなぁ、キー閉じこめたの。
非常事態のJAF頼りで、こんな時のためにしっかりJAFには入会してある。しかし、ほんのちょっとトイレに行くだけだったから、生憎と財布も携帯も持っていなかった。道の駅の駐車場の中には公衆電話ボックスもあったが、財布もなければ当然のことテレホンカードだけ持ってるなんて都合のいいことある筈がない。JAFに入会していても、連絡する手段がナッシング。せめて近くに民家かコンビニでもあれば良かったのだが、見渡す限りの闇。数キロ以内にはなにもないだろう。どれほど歩けば辿り着けるのか見当もつかない。
とってもとってもピーンチ!!
さて、どうすればいいだろう。道路に出て暫く待ってみた。しかし、一台も、ホントにただの一台も車が通る気配すらない。いくら待っても埒が明かないので、あてもなく公衆電話に行ってみた。とりあえず釣り銭口に指を突っ込んでみる。しかし、都合のいいことが起る筈もなく、案の定釣り銭口は空っぽ。と、電話帳のある棚をふと見ると、なんとテレホンカードが落ちているではないか。救世主出現か!!なんて、やっぱりそんな都合のいいこととある訳はなく、拾い上げてみるとしっかり「0」の位置に穴が空いていた。使い切ったから捨てて行っただけなのだ。紛らわしいことすんなよっ!
万事休す...
力なく壁によりかかる。このまま寒空の下、どう贔屓目に見てもこの季節にはふさわしくない薄いスエットのみの無防備な姿で、道の駅の従業員が出勤してくる朝まで耐えねばならないのだろうか...。まだまだ朝までは時間があり、下手すりゃ体力の消耗に耐えきれず朝日を拝むことさえできないかもしれない...。絶望に打ちひしがれ天を仰ぐ。
その時だ。一筋の光明が差し、ふつふつと希望が湧きだした。私の目は、公衆電話の上に貼ってある、緊急連絡先に釘付けになっていた。
そうだ、困った時のお巡りさん。
公衆電話では、警察に連絡するのにテレカもコインもいらない。迷いはなかった。これが緊急事態でなくなんと言う。受話器を取る。数秒後、私の情けない声が電話を通じて警察に届いた。
警察車両が道の駅に着いたのは、それから30分くらいしてからだった。バンから数人のお巡りさんが降りて、いくつか質問を受ける。「免許証見せて」と言われて困ったが、「ああそうか、全部中だよね」。一応、不審な点がないか懐中電灯で車内をチェックしてみるのは、さすが職務に忠実なお巡りさん。何をされても私の目には、お巡りさんに後光が差して見えた。ちなみに、無線か何かでJAFに連絡を取ってくれるのかと思いきや、やってくれたのは電話するお金を貸すことだった。ということで、晴れてJAFに電話、危機を脱することができたのだ。
ホントーに、お巡りさん、ありがとう!
さて、その後JAFが来てくれるまでさらに1時間以上待った。暫く一緒に待っていてくれたお巡りさんも、途中で帰って行った。
もうひとつ、JAFが来てくれてからも問題があった。車中泊なので、車の窓はカーテンで目隠ししている。昔の車は窓ガラスの隙間から細い針金状の器具を突っ込んで、ドア内部のワイヤー構造物を引っかけてロックを解除できたが、最近の車は電磁ロックのためその手は使えないか非常に難しいらしい。鍵穴から工具で泥棒よろしくロック解除というのも簡単ではない。そこで、ドアモールの隙間から長い針金を車内に差し入れ、ロックのレバーを引っかけて解除する手法なのだが、目隠しのために位置がわからなくなってしまっている。どうしたかといえば、私がフロントにできていた僅かな隙間から車内を覗き、針金を差し込んでいるJAFの人に「もうちょい手前」「少し上」と指示をしながら、どうにかこうにかロックを解除できたのだった。
寒空に放り出されてから三時間近くの後、私は再び暖かい布団に潜り込むことができた。これほどの幸せは、こんなことでもなければそうそう味わうことなどできなかっただろう。
このトラブルが道の駅だったから、まだ良かったのかもしれない。もし人里遠く離れた山中の何もないただの空き地だったとしたら、もし季節が真冬のもっと寒い時期だったら、マジで死と隣り合わせの窮地に陥ったかもしれない。まあそれでも何時間か歩けばなんとかなりそうなのは日本だから。吹雪とか荒天でないという条件付きだけど...。
もちろん、こんな間抜けなへまを犯さないことが一番だ。
【教訓】
例えほんの少しトイレに行くだけだったとしても、最低限でも常に財布か携帯電話を肌身離さずにおくべし。車中泊場所には辺鄙な場所を選ばない。