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- 奥日影の湯










2000年7月のことだから、今もまだそこにあるかはわからない。登山地図にもはっきり場所は記載されているものの、当時から既に湯は涸れていると明記されている。
景勝地南志賀に、奥日影の湯はある。志賀高原を筆頭に、万座、草津、そして規模は小さいものの山田牧場と、スキー場の豊富にある山域だ。また、数多くの源泉が湧き、温泉の宝庫でもある。南志賀温泉郷の一角から、そこへのアプローチが始まる。
じりじりと夏の埃っぽい日差しに肌を焼かれる。巻き上げられた砂塵が、風に乗って目といわず鼻といわず、口の中にまで容赦なく飛び込んでくる。これだから、林道歩きは嫌いだ。川沿いに歩いているとはいえ、林道は登り続けているためその川は遥か下方になっている。川沿いを歩く涼しさなど微塵もなく、じっとりと汗を吸ったTシャツがザックに押されて背中にべっとりと張り付き、気持ち悪いこと甚だしい。
南志賀には温泉が点在している。出発はそのひとつの入口にある駐車場からだった。車からザックを降ろし、登山靴に履き替えていると、大型のリムジンバスが横に停まった。靴ひもを結び終わってふと目を上げると、バスの窓の中からいくつもの目に見つめられていることに気づいた。じいさんばあさん達の団体が、好奇な目で見下ろしている。まあ、確かに温泉が目的の人たちには、大きなザックを持った姿は奇異に見えるのかもしれない。でもね、そんなに珍しいか?
そんなこんなで出発にちょっとケチが付きはしたものの、そうやって林道に足を踏み入れたのだ。
林道は川沿いを離れ、森の中へと続いていった。やがて二岐の分岐が現れ、左へ。林道脇の背が高く生い茂った雑草に僅かな踏み跡を見つけ、雑草に突入。腕にいくつも傷を作りながら進むと、やがてひょいと視界が開け目の前に川があった。ごつごつと大きな岩が転がる、荒れた川原である。川幅は狭い。
さて、どっちに進むべきか。といっても考えて埒があくわけでもないので、適当に上流に向かって歩き出す。野湯探しには、勘と運が必要だ。岩をまたぎ越し、大岩の上に飛び上がると、ビンゴ。岩を乗り越えたすぐ足下に、それはあった。意外に広さを持った、岩に囲まれた湯舟に、白く濁った湯が満たされていた。
岩で組まれた湯舟の隣には、水道のヒューム管が縦に埋め込まれたものが見えた。ネットで調べて、そこにも湯が溜まっていることはわかっている。しかし、砂埃や枯葉が表面にみっちりと浮いており、汚くてとても入る気にはなれない。深さもわからないし、何が沈んでいるかもわからない。気味悪すぎ。とてもここに入る勇気は出なかった。
さらさらと風が流れる。深い緑の葉がこすれ合いながら軽い音を立てて風に泳ぐ。そこの谷間全体が緑色にゆらゆら波打っていた。なかなか、気持ちのいいロケーションだ。服を脱ぎ捨て裸になり、湯舟に足を突っ込む。
むにゅる〜
足の指の間を通って、底の堆積物が押し出される感触。湯の成分だろうがなんだろうが、これは気持ち悪い。それでもここまで来たんだ、入らずにおれようものか。背中に走るおぞ気を無視し、腰を沈める。湯はぬるいが、まあ、入ってみればどうってことない。つっても、中腰までが限度だったけど...。
はっきり言おう、その後、冷たい川で身体を洗い流した時の方が、ずっと気持ちよかったのだと。