神様に起こされた

今はどこに行っても道の駅があり、車中泊場所に困ることはなくなったが、昔は道の駅なんて便利なものはまだ少なかった。そこでよく利用していたのが、スキー場の駐車場。シーズンオフでも駐車場は開放されており、近くには温泉街かホテルが必ずあるので、トイレにも困らない。なかなかに快適な車中泊場所であった。

これは、長野県の山田温泉スキー場でP泊した時の出来事だ。

夜はまだ肌寒いものの季節は深緑、雪から開放された草花が生命を謳歌し、力強く山肌を覆い隠していた。駐車場から続くスキー場のなだらかな斜面も、背の低い雑草の緑で覆われ、自然の絨毯となっている。

柔らかな朝の日差しを瞼の向こうに感じつつ、私はまだ布団の中でうとうととまどろんでいた。早起きな鳥たちの合唱が自然の目覚ましとなり、まだ眠気から覚めない私の体をやさしく揺り起こそうと躍起のようだ。しかしそれでもまだ私は、起床を促す声にささやかな抵抗をしていた。

ゔぉ〜え〜〜〜

突然、さわやかな朝の空気を切り裂く、だみった野太い鳴き声。私は、がばっと起き上がった。

なんだ!この怪しい鳴き声は、いったいなんなんだ!!

車のカーテンを少し開け、外の様子を窺ってみる。スキー場の斜面は乳色の朝靄に包まれ、あまり遠くまで見渡すことができない。声の主らしき姿は発見できず、再び鳥の鳴き声だけがさえずりわたるばかり。粒子がゆっくりと流れる乳色の靄の向こうにじっと目を凝らすも、やはり何も見えない。不気味だ。

とったとったとったとったとった...

蹄のような足音が近づいて来た。

そして再び、ひときわ大きく、ゔぉ〜〜え〜〜〜〜

...目が合った。

腰を抜かしそうになる。車にかなり近い場所、靄の中にそいつの姿はあった。そいつの異様な姿が...。

体は、ずんぐりしたポニーのようだ。ちょっとイノシシ的でもあり、または熊の体に馬の足を付けたような、珍妙な体躯でもある。そして、その顔は...髭を生やした爺さんの顔。そう、獣の体に、つぶらな瞳の爺さんの顔が乗っていた。うぉー、人面馬だ。もしくは、鵺もどきか。

そいつと私は暫く見つめあっていたが、やがて興味を失ったのかそいつはぷいっとそっぽを向き、とったとったとったとったとった......スキー場の斜面の向こうに去って行った。

暫く呆然としていた私は、ふっと我に返り、慌てて車外に降りた。乳色の靄はだんだん薄れてきていたが、そいつの姿はもうどこにも見つけることはできなかった。

いきなり、私のすぐ横の茂みががさがさと鳴り、何かが近づいてきた。

うぉっ!!

体を硬直させた私の前に出てきたのは、山菜取りの婆さんであった...。

後日、どこで見たのか忘れたが、長野県のシンボルマークの中にそいつの姿を発見した。そう、あの奇怪な獣は、ニホンカモシカだったのである。いや、ホントに知らなかったんで、カモシカのような足という言葉から、カモシカってもっとスマートな生き物だと思ってたんだよな。ニホンカモシカっちゅうのは、全然違ってたんですね。

さらに数年後、アニメ映画「もののけ姫」の中に、なんとそいつが出演しているのを発見した。そう、「しし神さま」役で。なるほど、あいつは、神様だったのか...。

【教訓】

さわやかな朝には神様が舞い降りる。時間に縛られない車中泊であっても、早起きするべし。何か出会いが待っているかも。

2005年11月21日

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