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【マイナードライブ案内】 大勢が集まる普通の観光地に飽きた人のために、ちょっとマイナーな場所へご案内いたします。なお、ここで紹介する場所に家族を連れて行ったり、間違ってデートコースに選んでしまっても、その後のトラブルには一切責任持てません。

2008年3月10日

「金(キム)の戦争」寸又峡温泉立て篭り事件(2)

大井川上流、国立公園南アルプスの麓に寸又峡温泉はある。寸又川が作り出した美しい峡谷に人口数百人の集落があり、旅館十数件の鄙びた温泉地となっている。

金嬉老が殆ど知られぬこの地に目をつけたのは、以前に寸又峡近くの山中で山小屋暮らしをしていたことがあるからであろう。この時の自然のままの暮らしの記憶が、死地をここに選んだ理由と思われる。

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10:26

2008年3月 9日

「金(キム)の戦争」寸又峡温泉立て篭り事件(1)

南アルプス辺りのエリアってのは、ある種独特の雰囲気に満ちている。日本第二位の高峰「北岳」を擁する地域でありながら、富士山とか3000m級の山々が連なる北アルプスエリアとかのように、垢抜けたリゾート感なんぞは微塵もない。二度と帰れなくなるのではないかと不安を憶える程に人里の気配から遠く離れ、深山幽谷の中に身を置けば魔境と呼ぶのが相応しい気分にさせられる。

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22:35

2007年11月26日

見立の湯

数年前に捜索して、あまりの道の悪さに挫折した見立の湯。オフロード4駆からミニバンに乗り換えたばかりだったので、深く抉れた道に恐れをなして引き返したのだが、乗り換え前のもうちょっと早く来ていればと後悔しきり。

で、今回は途中から歩く覚悟で行ってなんとかやっと辿り着くことができた。

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11:40

2007年8月18日

夏油温泉奥の湯

広々した川原にぽつんと湯船。そんな素晴らしい露天風呂があると知れば行かずにはいられない。

例えば栃木の広河原の湯などはその条件に当てはまるが、かの有名な夏油温泉の上流にもそんな野湯があるという。野湯に行ける季節は限られており、特に東北の山中ともなると夏から秋にかけてのごく短い期間だけとなる。何年も前から行く機会を窺っていたが、ようやっと折り合いがついて訪問を果たすことができた。

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15:53

2007年3月26日

奥多摩ロープウエイ

東京都の水瓶、奥多摩湖の着工は昭和13年にまで遡る。第二次世界大戦前であり、東京都はまだ東京府という行政区画だった。その後19年の歳月をかけ、竣工は昭和32年。当時、水道貯水池としては世界最大規模を誇る。

奥多摩ロープウエイ、正式名称「川野ロープウエイ」は、戦後の高度経済成長を背景に昭和37年、湖上遊覧等を目的として営業を開始した。

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16:18

2006年10月13日

荒湯地獄

国内には11種の泉質が存在するが、そのうち9種類を堪能できるのが宮城県の鳴子温泉郷。湯量は極めて豊富で、源泉数は370本以上を数えるという。また、紅葉が圧巻の大峡谷鳴子峡を始め、国内初のアーチ式ダム、白糸の滝やいくつもの間欠泉など、観光名所も数多く存在する。

鳴子温泉郷の北の端にあるのが鬼首温泉郷。有名な吹上間欠泉だけをとっても脈動する大地を実感できる地域だが、奥に行けば地熱発電所のある片山地獄、そして荒湯地獄と近接したふたつの地獄を擁する荒々しい土地である。

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13:06

2006年8月25日

岐阜県某所-廃ボーリング場

岐阜県の某国道沿いにある廃ボーリング場。雪の白川郷観光のついでに、せっかく岐阜県まで来たのだからと興味本位に寄ってみた。

いつからいつまで営業していたのか、廃業になった経緯などの情報はまったくない。まあ、バブルの頃に繁盛して、後の不景気の波に飲み込まれただろうことは想像できる。

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03:12

2006年5月22日

一本松温泉跡たつこの湯

「たつこの湯」「たっこの湯」、どちらが正式な呼び方かわからない。まあ、野湯だから正式もなにもどっちでも別に構わないっちゃその通り。もちろんのこと名前の由来もわからない。一本松温泉跡と看板があるから、かつては温泉宿があったのかもしれない。

一本松温泉跡は、烏帽子岳山頂へと向かう登山道の途中にある。温泉跡地に、マニアが造ったと思われる湯舟がひとつ。そこまで徒歩で30分程度の、比較的お気軽な野湯。

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00:40

2006年4月11日

マインランド尾去沢

多くの鉱山が閉山後、朽ちるに任せられているのと対照的に、レジャーランドへの転身を図った例のひとつが尾去沢鉱山だ。子供も楽しめる観光施設の裏側には、日本で最も美しいと言われる遺構が今も残されている。

尾去沢鉱山の歴史は古く、奈良時代の和銅元年に発見されたとの伝説が残る。光る怪鳥が導いた説、老婆の献上した山芋に付いた砂金に役人が気づいた説、その他様々な伝説に彩られ、この土地の持つ神秘性を感じさせるものだ。記録に残る開山は、南部藩士・北十左衛門が白根金山を発見、慶長4年(1599年)に尾去沢を開発したとなっている。ちょうど、関ヶ原の戦い(1600年)があった時代である。

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14:16

2006年3月10日

湯川源泉

初めに断っておくが、もうここを楽しむことは不可能になってしまったらしい。最後にここを訪れたのは、2002年の夏のことになる。

乗鞍高原に湯を引いている源泉施設が、山中深く誰の目にも晒されず存在している。その存在は古くから知られ、昭和初期の頃には湯の花採取のための湯畑があったという。湯量は豊富で、乗鞍高原にある100件ほどの宿がこの源泉を使用しているとのこと。空気に触れると透明感のある綺麗な白色に濁る湯は、草津ほどではないがPH3〜4の強酸性。レジオネラ菌も生息できないほど強く、金とプラチナ以外の貴金属は湯に浸けると一瞬で変色してしまう。

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10:06

2006年2月24日

碓氷第三橋梁「めがね橋」

長野新幹線の開通により、なくなったものもある。JR信越本線の横川〜軽井沢間、かつて碓氷線と呼ばれていた区間もそのひとつだ。

横川から軽井沢までを結ぶ碓氷峠は、直線距離僅か7.4キロでありながら、標高差553メートルという、急峻な地形にある。明治17年に本格的な測量を開始してから、その急勾配のため鉄道ルートの選定に数々の紆余曲折を経て、費用の関係からドイツのハルト山鉄道のアプト式を採用、短い距離で峠を貫く山岳鉄道となるルートが決定された。

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15:43

2006年1月23日

かもしか温泉

何を求めて温泉に行くのか?

癒し、療養、リフレッシュ。しかしなにより、これは旅全般に言えることなのだが、非日常感を追い求めてしまう。豊かな自然に陶酔し、柔らかな湯の中に手足を伸ばしながら、渓流の音と木の葉のざわめきに耳を傾ける。ところが、何度も出かけるうちに、かつて感動した景色は急に色褪せて見え始める。非日常が日常に取り込まれてしまうのだ。そして、新しい非日常を探し求め、より深みを追い始めることになる。

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17:33

2006年1月 6日

倉沢村、消失

時刻は既に午後3時を過ぎていた。

冬の陽は短い。もういくらも経たないうちに、写真を撮ることは不可能な明るさになってしまうだろう。焦る気持ちに急かされ、崖にへばりつく急な階段を駆け上がった。すぐに心臓がバクバク激しく打ち始める。

ここは奥多摩、日原鍾乳洞へ向かう道の途中、東京都指定天然記念物でもある「倉沢の檜」への遊歩道だ。遊歩道と言うにはあまりにも手入れが行き届いていない。厚く積もった枯れ葉に足首まで埋まり、思うように足が進まない。「倉沢の檜」のさらに先には、倉沢村がある...筈だった...。

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14:35

2005年12月29日

常布の滝...の下の温泉

さすが火山国と思わせるのが、本白根山を中心に広がる、志賀高原、南志賀、万座、草津といった温泉地である。

万座、草津だけを見ても、その温泉湧出量は膨大だ。もう、至る所から温泉が湧き出していると言っても過言ではないだろう。この地域には、何日逗留していても飽きることがない。実際、車中泊を始めてからは、数えることが困難な程、何度も足を運んでいる。

もちろん、それ程の温泉湧出地であるだけに、野湯も多いのだ。

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16:28

2005年12月22日

湯の泉(故)

最悪、男女別の有料共同浴場になってもいいから存続して欲しいと願っていたが、結局は最も残念な結果になってしまった。

四万ダムの予備調査の時に発見されたのが、現在の四万ダム上流にあった「湯の泉」だった。四万ダム完成間近には、立派な湯舟が作られて、野湯らしくない野湯に生まれ変わったが、いつでも綺麗に清掃されており、ダム完成後にも大切にされているようだった。

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01:27